2008
覚えているのは、父がうつ病になったり、母が地元に来てショッピングモールで買い物に付き合っているとか。
両親は、地元に帰りたいと何度も言っていた。
本音で、兄の家の居心地の悪さが会話からヒシヒシと伝わってきた。
昨日、実家の近くを通った。
もちろん長年住んでいた実家はカーテンもなく、空き家。
そして、クリスマス。
母から元気か?とメールがあった。
私は、ぼちぼち順調と答え、夫とのクリスマスの出来事を話した。(23日だけど)
母は、その後のメールで兄と奥さんは二人で出かけました。(24日)
と返事が来た。
私の勝手な想像だけど、ケン〇ッキーやケーキを買ってちょっと豪華な食事で家族そろって楽しいクリスマスを過ごしているかなと思っていた。
段々、母のメールが悲痛の訴えのような感じがしてきた。
夫は、兄の実家に両親が馴染むまでは私によほどの事がない限り地元へ呼ばない方がいいんじゃないかと言っていた。
そうだね、と私も同意した。
けど、夢に何度も出てくるのは私の不安の前兆。
嫌な予感がした。
2008
その1の続き。
皆でケーキを食べながら余談話をするはずが、両親は兄の家に全く馴染めていず、延々その話が続いた。
母は、兄の奥さんのお腹が大きくなってきたので、洗濯や食事を担当しているらしい。
それとカーテンがまだないとの事。(カーテンレールを付けていないため)
一軒家特有の寒さで、朝がかなり寒いらしく、安定していた血圧も不安定になってきているらしい。
父は、妙に遠慮しているらしく、冷蔵庫の物を取りに行く時など母について来てくれと頼むらしい。
実家では毎回食事を作っていた父が台所に入って料理しないのも遠慮してるから。
兄の家の周りは車がよく通り、自転車などがないと好きな物を買いに行けないらしくかなり不便との事。
などなど、色々愚痴っていた。
最初は慣れないのは当たり前だから月日が経てば馴染んでくるよ、とベタだけど本当の事だと思うので優しい言葉をかけて慰めた。
私的に一番驚いたのが、母が毎日料理を作っている事。
物心ついた頃から食事は父が作っていたので(父は元板前)、母の料理のレパートリーは両手で数えるくらいしか思いつかない。
それから夕食の話に切り替わり、母はケーキしか持ってきていないので、兄が何か惣菜を買ってくるのかと思っていたのだが、何か歯切れの悪い返事しか返ってこない。
ぐだぐだしてるのが一番嫌いな夫の性格を知ってる私は、仕事中だと思っていたので兄に電話をくれとのメールを入れた。
その後、すぐ私はお風呂に入り皆のもとへ戻ってくると兄はほっといて私と夫と両親で食べに行こうと話をしていた。
そしたら、兄から電話があり(6時くらい)夕食の話をしたら兄は私側が用意していると思っていたみたいだった。
そして、なんやかんやで兄の奥さんも来る事になり、急遽家の近所の回り寿司へ行く事に決まった。
土曜の回転寿司、あきらかに待たなくてはいけない。
兄達と合流し、待っている時に私は母に「この間電話でお惣菜買ってくるって言ってたのに」と問い詰めた。
夫の不機嫌は私にしっぺ返しが来るのでそう言う事はちゃんとして欲しかったのでちょっとキツイ口調になってしまった。
本当は兄にも文句を言いたかったが、奥さんが付いているのでその場では言えずにいた。
母だけを責めてしまったのが申し訳なくて後で謝ったけど。
皆が帰宅後、案の定夫はぐだぐだ感の愚痴をブツブツ私に言っていた。
今、思えば母と父は兄にも奥さんにも遠慮しているからグダグダになったのかなと思う。
でも、夕食の件は早めに言ってくれたら予約でも出来たのにとも思う。
兄も最近忘れていたが、かなり神経質だった。
車も禁煙だし、昔は土足も厳禁だったりした。
そういえば、借りたCDに何回か傷を付けては怒られたなぁと忘れていた記憶が甦ってきた。
私は、引っ越してしまえば私も寂しさを忘れ、開き直れると思っていたし、実際そうなった。
でも、今は違う事でまた悩みが増えそう。
自由奔放に暮らしていた両親。
馴染める日が早く来ますように。
そして、
何事も起こりませんように…。
2008
先週、母から電話があり、20日の土曜に兄と両親が家に来ると言う。
捨てきれなかった複雑ゴミを家に引き取ってもらうためと、手続きが残っているやなんやで。
で、兄の奥さんは来ないらしく、それから来る時間と夕飯はどうするとの話になった。
母は、大体昼過ぎで、夕飯は惣菜を買って行くから何も用意しなくてもいいと言った。
行く時間はまた連絡するとの事で電話を切って、帰宅した夫に話をした。
それから土曜の昼、兄が用事で昼間に来れなくなったらしく(結局は用事はなくなって家にいたって言うどないな話)、先に用事を済ませたいから両親がバスで向かう事になった。
それで、夫に電話を渡し、詳しい話をしてちょっとしてから家を出た。
私はのんびり掃除などをしていたら、以外に早く夫が帰宅してきた。
母は実家に置いてある自転車を家に置いといて欲しいと言っていたので、先に父が夫と車できた。
父がトイレに行っている時に夫が、
「お義父さん、向こうの家に馴染めずに参ってるから慰めてやってくれ」
と、こっそり私に言った。
引越し前に引越しに関して嫌がった感じをしていなかったので、多少びっくりしながらも分かったと夫に言った。
それで、お父さんが家に来てくつろいだ頃に母がケーキを買って家に来た。
それからの話はまた後日。
次は嫌な予感が的中した話。
2008
クリーム系全般(グラタンやドリア、パスタ、リゾットなど)も大好きだけど、家庭で作るクリーム系料理と言えばクリームシチューが定番。
10代の頃から作っているので結構、年季が入ってる。
レシピを見ながらちょっと凝ったシチューを作った事もあった。
今晩もシチューを作ろうと思い、冷凍室から保存して置いた鶏肉を出そうとしたら、そろそろ食べないと駄目だなぁと思うウィンナーがあったので、鶏肉の代わりにすることにした。
ウィンナーなので、スープ風にしようとキャベツも入れた。
後はたまねぎ、冷凍温野菜ミックス、コーン。
そしてシチューの素と牛乳、仕上げに粗引き黒コショウ。
そして夕飯、お味は予想通りのスープ風クリームシチューだった。
バケットと一緒に美味しくいただきました。
キャベツもトロトロになってていい感じ。
今度は、魚を使ったクリームシチューを作ろう。
2008
誰かと飲む酒はすすむ。
瓶ビール二本とチューハイとカクテル一杯でヘベレケと睡魔が襲ってきた。
友人(男)に自宅まで送ってもらい、夫が寝た後に小腹が空き、ス〇王を食べたら過食にスイッチが入って、チョコ菓子のファミリーパックとポテチを一気に食べてしまった。
その後、トイレではなく、台所で吐き(便利がいいので)胃腸薬と薬を飲んでこたつで一服していたら、久しぶりに発作が起こる予兆がきた。
震える手で頓服を飲み、これから来る苦しい発作を耐えるために横になり、ショールを被った。
私の発作は意味もなく言葉を発する。
「すいません」
「ごめんなさい」
「うるさい」
などなど。
あーとかうーとかも言ってる。
大体30分くらいで治まるが、いつの間にか寝てしまうので気が付けばこたつで寝ていた。
横になっていた身体を起こしてベッドで寝ようと思うんだけど、身体が動かない。
まだ、焦燥感や倦怠感があって、結局夫が仕事で起きてくるまでこたつで過ごした。
夫に支えてもらい、ベッドへ連れてってもらって就寝。
発作は久しぶりに来たけど、やっぱり精神的にかなりの苦痛を要する。
今日は、疲れのせいたまたまか、夕食後の過食はしなかった。
今日は、罪悪感なしで眠れそうです。
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うつ病+神経症の発症から4ヶ月目がたちます。
このブログは、ほぼ管理人の自己満足日記になってしまう予定なので、興味の無い方は遠慮なくスルーしてください。
また30代前半(どなたでも歓迎です)でうつ病になってしまった方など、このブログを見て共感していただけましたら嬉しいです。